2012年03月24日

短編小説「登校拒否」

ロバートは、息子のブライアンが今日もまた寝坊をして学校に遅れそうなのを心配して、部屋のドアをノックしながら言った。

「ブライアン、起きなさい。お前はまた遅刻してしまうぞ。」


するとブライアンは、

「パパ、僕はもう学校に行きたくないんだ。」

と今にも泣きそうな声で応えた。


「やれやれ、ブライアン。お前が学校に行きたくない理由はいったい何だい?」


「理由は3つあるよ、パパ」

「まず第一に、学校は退屈だ。それに男子たちが僕をからかうんだ。そして何よりも、学校が大嫌いだからだ!」


ロバートは厳しい口調でこう言った。

「お前が学校に行かなくてはならない理由は3つある。」

「まず第一に、学校に行くのは義務だ。それに、お前はもう51歳だ。そして何よりも、お前は校長だからだ!」


完  

Posted by Konohana at 18:46短編小説

2012年03月22日

短編小説「遠隔治療」

私は黒田マイコ。東京南青山のデザイン会社に勤めています。3年前の1999年、派遣の契約が終わってすぐに希望の仕事に就くことができ、充実した日々を送っていました。

ある日の夕方、パソコンに向かっていた私は、突然からだに痛みを感じました。まるで全身に打撲を負ったような激しい痛みでした。

一瞬病院へ行こうかとも考えましたが、原因不明の症状には東洋医学の方がいいかな思い、前からお世話になっている鍼灸院に予約の電話を入れました。

退社するとすぐに、四谷にあるK先生の鍼灸院に向かいました。K先生は脈診という独特なスタイルで全身の気を調整できるので、痛みやかゆみなどの身体的な症状の他に、精神的な落ち込みや、やる気が出ないというような訴えにも対応してもらっていました。

いつものように施術台に横になり両手首をあすけます。普段なら5分もたたないうちに症状が落ち着き、気分がよくなるのですが、その日に限っては痛みは一向に改善せず、K先生もかなり手こずっておられたようです。

私はおよそ1ヶ月間、週に2回ずつ根気よくはり治療を受け、徐々に回復していきました。痛みがこんなに長びいたのははじめてのことでした。


突然の全身の痛みから1ヶ月ほど経ったころ、実家の母から電話がありました。

「じつはお母さん、交通事故にあって入院してました。で、今日退院したところ。」

彼女はいつでも大事なことは事後報告なのです。


母はおばあさんのくせにミニバイクに乗ります。先月、事故は起こりました。渋滞中の道路を横切ろうとしたら、親切な車が少しバックしてくれたので、「ご親切にどうも。」と会釈をしながら渡ったところ、別の車線を直進してきた軽自動車と衝突したのだといいます。いわゆる「Thank you 事故」です。母の方に落ち度があるのは明らかでした。

彼女は、肋骨2本と骨盤を骨折した上、軽自動車の修理代も弁償させられたということでしたが、話しぶりにはどこか余裕がありました。

「大ケガだったのに回復が早くて、お医者さんたちみんなびっくりしてたわ。リハビリもして1ヶ月で退院したの。」

と得意げでした。


はたして、「気=エネルギー」の療法であるはり灸治療は「遠隔」もありうるのでしょうか?

疎遠にしている母でも遺伝子上のつながりは深いわけですが、娘の肉体をパイプのように通して、治療が届いたのかどうなのか、よく分かりません。でも、結果こうなったことは事実として受け入れるしかないようです。


完 
(フィクションですよ。)  

Posted by Konohana at 14:17短編小説

2012年03月14日

短編SF小説「ヒルズの箱舟」

1999年春。派遣社員の黒田マイコは、赤坂のタワービルにあるLマン・ブラザーズ証券東京オフィスに勤務していた。求職活動中のため、短期契約の仕事を選んだのである。

仕事はデリバティブ・ファイナンシャル・クラーク。たいそうな肩書きだが、契約書類をファイリングするだけの単純な業務だ。少しの英語とPCスキルがあれば誰にでもできる。一日分の仕事は午前中に片付いてしまう。

バブル経済崩壊後も、アメリカの証券会社は景気がよく、どんな企業よりも時給が高かった。マイコは、まあまあ満足できる額をもらいながらも、午後5時までの就労時間が長く感じられ退屈でしかたがなかった。

そんなある日、郵便を出しに地下4階のメールルームを訪れたマイコは、床下からエンジンのような音と振動を感じた。

マイコの頭にふと浮かんだのが、「実はこのビルは宇宙船なのだ。」という妄想である。

実際、この地上36階のタワービルには、金融をはじめ、外資系企業のオフィスや最先端技術のショールームがあり、世界中から集められた情報と優秀な頭脳、そしてさまざまな人種のサンプルが揃っているのだ。

屋上には都市型農業試験場としての緑地もあるし、地下街には各国の味が楽しめるレストランだって入っている。

「きっと地下5階より下に巨大なエンジンルームがあるに違いない・・・。守衛さんに相談しても無駄だ。なぜなら彼らは全員エイリアンだから・・・。そういえば、感じの良すぎるアメリカ人上司だってあやしい・・・。」

そう考え出すと妄想が止まらない。マイコは、「宇宙船で連れ去られる前に逃げよう。」と脱出ルートを綿密に計画しはじめた。もちろんそれは暇つぶしの妄想、のはずだった。


宇宙船離陸の時は突然やってきた。

3月14日金曜の16:45分。轟音とともに建物全体が振動しはじめた。社員たちは悲鳴をあげ口々に「地震だ!」と叫びながら、皆いっせいに身をかがめた。

マイコはひとりバッグもコートも持たずに、直通エレベーターに飛び乗り“L”のボタンを押し続けた。動いた!地上階に着くと、隣接するコンサートホール前の広場まで全力で走った。

息を切らしながら、ほっとしたその瞬間、信じられないことが起こった。地面ごと宙に浮かび上がったのだ。

まわりにいた人々も騒ぎ出し、広場はパニック状態になった。

コンサートホールや放送局、ホテルや公園を含むヒルズ全体が巨大宇宙船だったのである。

超高速で急上昇しながら、マイコは、Ark=箱舟、Hills=異界へ通じる門のある丘 ・・・とつぶやいていた。



(もちろんフィクションです。)  

Posted by Konohana at 19:58短編小説